『たとえば、きみがここにいたら』 そんなことを考えてしまったら、もう歩けないと思った。 想い出に飲み込まれて、きっと立ち上がれないから。 だから、俺たちはきみを忘れたいと思ったんだ。 ―――――――――――――――――――――――――――あの日のように。 「ゆき、初めて見たな」 不意に、ティファが呟く。 ひとり言のように、空を見上げて。 「・・・・・・・・・・・」 「・・・・ああ、俺もだ」 沈黙に気付いて、相槌を打つ。 会話を、続けるために。 「きれいだね」 「ああ」 いつからか、ずっとこんな会話を続けている。 寒さの中、沈黙が続くと誰かが取り留めの無い話をして。 それに誰かが頷いて。 そしてまた、沈黙。 「・・・・・・・・・・・・・」 「・・・・・・さみぃなあ」 「うん」 今度は、シドとナナキ。 寒さにやられて不機嫌になりそうなシドでさえ、定期的になにか会話を持ちかけている。 「・・・・・・・・・・・・・・・」 「・・・・きれいだよね」 この雪の中、別に無理に会話をすることはないのに。 妙な、違和感。 会話とはこんなに難しいものだったろうか。 足元もおぼつかない様な、雪の中。 そんな会話を、俺たちはずっと繰り返していた。 +++++++++++++++ 「よし、ここで休もう」 眠らずに歩きつづけて、やっと全員が休めるような洞穴を見つけた。 「・・・・・・・・・・・風は、しのげそうだね」 寒さから少し開放されて、ようやく皆の顔に安堵の表情がうかがえた。 「・・・・・・・・・・・・・・」 火を囲んで、身体をあたためる。 それでもやはり、沈黙は去らない。 パチパチと、木の枝が燃える音だけが聞こえる。 俺は、セフィロスのことを考えていた。 俺の故郷を奪い、星までも我が物にしようとしている狂気の男。 『お前は人形だ』 奴の言葉が頭から離れない。 『人形』 それが意味するものはなんなのか。 (・・・・・・・・・くそっ) 早く、追いつかなければ。 早く、殺さなければ。 (そうしないと、俺は―――) (・・・・・・・・・・・・・?) (・・・・・『俺は、』なんだ?) 「・・・・・・・・・・・・・」 ・・・・・・最近、自分が分からなくなることが多くなった。 今も、ついさっき考えていたことが思い出せない。 「・・・・・・・・・・・・」 思い出そうとすればするほど、頭の中が混濁する。 前にもこういうことは何度かあった気がする。 (・・・・その時は、どうしたんだっけ?) 『クラウド!』 頭の中で、誰かの声がした。 (・・・・・・・・・・・・・) (・・・・・・駄目だ、今は。) 思い出してはいけない。 今は、まだ。 今はセフィロスのことだけ考えていればいい。 (・・・・・・・・・・それだけでいいんだ。) 「・・・・・・・・・・」 確認するように頷いて、仮眠を取るためにその場に横たわる。 ―――休まなければ。 今は、無理にでも。 明日からはまた、あの男を追って歩き続けなければならないのだから。 火の向こうで、泣きそうに眉を寄せてうつむいているユフィが見えた。 ・・・・・目が、赤い。 見ていたくなくて、俺は無理やり目を閉じた。 +++++++++++++++ 「ここは・・・・?」 「アイシクルロッジ、って書いてある」 それが、その日最初のまともな会話。 皆朝からろくに話さずに歩いて、やっと町を見つけた。 意味の無い会話は、もう誰もしようとはしなかった。 「とにかく、宿をとろう」 もう少し、あと少しで追いつける。 もしかしたら、明日にでも奴と戦うことになるかもしれない。 その為にも、しっかりと身体を休めることが必要だった。 「どこが宿屋かしら・・・」 雪山の麓にあるこの町は、 積もった雪のせいで店の看板もよく見えないような状態。 人通りも無かったから、しらみつぶしに探すことにした。 「なんかさ、いい感じのとこだよね」 この数日、黙りつづけていたユフィがつぶやいた。 「・・・・・・・ああ」 素直に彼女の意見に賛同する。 彼女を気遣ってのことじゃなくて、本当にそう思ったから。 雪の中にたたずむ町は、どこか懐かしさを漂わせていて。 魔光と機械のこの時代に、 古びた木の家が並ぶこの町は、世界から切り離されたように純粋だった。 ―――どこかで感じた懐かしさ。 最近よく感じる妙な既視感とは違う、心地のいい感覚。 「なんだか、あの家みたい・・・・・」 小さく呟いたティファの声が聞こえたけど、俺は知らない振りをした。 +++++++++++++++ 「ここに、入ってみよう」 町外れにあった小さな家。 宿屋だとは思わなかったが、何故かひかれるものがあった。 仲間の返事を待たず、誘われるように中に入る。 「誰も、いないな・・・」 中は、無人だった。 この町にある家は少なくはないものの、人が住んでいないことが多かった。 おかげでこの辺りの情報も、まだあまり掴めていない。 (・・・・この家もか。) 外に出ようと思ったが、 その瞬間に他の家とは違うことに気付く。 「これは・・・・?」 「なんかの機械みたいだけど・・・・」 続いて入ってきたティファが覗き込む。 「シド、わかるか?」 「俺様にゃあ飛空挺のことしかわかんねえ」 そう言いながらもやはり興味があるらしく、シドが機械を調べ始める。 「・・・・・・・・・・こりゃあ、神羅のもんだぜ」 一通り調べたあと、シドが訝しげに呟いた。 「・・・・・・確かか?」 「ああ、間違いねえ。しかもかなり旧式のパーツだ」 「何か映像を再生するもののようだが・・・・」 神羅の名前を聞いて、ヴィンセントも機械を調べている。 「これが電源のようだな」 それらしきボタンを押すと、機械がにぶく動き始める。 『・・・・・・・・・・・・・・・・ですか?』 『え?』 『また見ているんですか?』 『ええ、可愛い私たちの娘ですからね』 『ふふ、あなたに似てますよね』 『そうですか?目はイファルナにそっくりですよ』 『・・・・・・・・・・・・・・』 『どうしました?』 『・・・・・この子にはきっと過酷な運命が待っているのでしょうね・・・・。 古代種としての過酷な旅が・・・・。』 『・・・・・イファルナ』 『・・・・・大丈夫です。あなたもエアリスも私が守ります』 『・・・・・??エアリス、って?』 『あ、さっき決めたんです。この子はエアリスです。いい名前でしょう?』 『―――ふふっ。ええ、あなたが―――――――』 『――――――』 ――――― ――― ――――それから後の映像は、頭に入って来なかった。 視界が揺れて。 焼け付くような胸の痛みに、声が出なかった。 「――――――」 どうして、 どうしてこんなところで。 忘れようとしたのに。 必死になって、会話を続けて。 ―――――本当は、わかっていた。 会話が途切れる意味も、 ユフィがつらい顔をするわけも。 沈黙は、きみの場所。 皆の気持ちが沈まないように、いつもいろんな話をしていたね。 わかっていたけど、認めたくなかったんだ。 きみがもう、 いないなんて。 だから、頭の中を憎しみで埋め尽くして。 ―――悲しみに呑まれないように。 「――――――――――――っ」 せき止めていた思いは、 一度溢れ出したが最後、もう止めることなんてできなかった。 「―――――――エア、リス・・・・・」 かみ締めた名前に涙が止まらない。 きみを愛した父親が、きみにつけた名前。 『きっと、しあわせに』 そんな願いをこめて。 古代種だとかそんなことじゃない。 星がどうとか、そんなこと関係ない場所できっと、と―――― ―――思い出すのは、きみとの約束。 『乗せるのはいいけど、ハイウインドでどこか行きたいとこでもあるのか?』 『ん~とね。わたしのね、生まれた場所に行ってみたいの』 『きれいなとこだった気がするんだ』 そう言って微笑む横顔は、なんだか寂しそうだったことを覚えている。 『でも、どこか知らないんだろ?』 『そうなんだけどね』 ふふ、と笑った彼女の声が耳によみがえる。 もう聞くことのできない優しい声音。 「・・・・あと少し。あと少しだったんだ。」 きみがきみの故郷にたどり着くまで。 「エアリス」 ああ、どんな顔をしただろう。 どんな言葉で喜んで―――。 懐かしい雪景色を、どんなに無邪気な笑顔できみは――――― 訪れることのない日々を想う。 遠くで仲間の嗚咽が聞こえた気がした。 ――――そのあと、 俺たちは残りのビデオテープから、古代種についてのことや、エアリスの父親・ガスト博士について、 ・・・・そして、その死に宝条が関わっていたことを知った。 +++++++++++++++ 「・・・・・・行こう」 目の前にそびえる氷山の先にある、約束の地へ。 「アイツが呼んでる」 目の前に広がる雪の大地を見つめる。 寒さは厳しいけれど、こんな美しさは他には無い。 「ここに、」 「連れてきたかった」 最後に一度だけ、雪に埋もれた町を振り返る。 白一色の風景に浮かぶ孤島の町は、 ティファの言った通り、スラムにある彼女の家のようだった。 灰色しかないミッドガルで唯一、鮮やかな色彩を放っていたきみの家。 (・・・・どこか、きみと似ているね) そう思って、笑みがこぼれた。 「――たとえば、」 「たとえば、きみがここにいたら、」 それは口にできなかった言葉。 思えば、それを考えるのも初めてで。 ・・・・・・・きみがいなくなってから、 きみを想うなんてできなかったけれど。 もうこの想いは止められないから。 (・・・・そうだね、) (きっと、きみとなら。) こんな雪道だって、きっと楽しくて。 そうだな、ほんの少しならここで遊んでもいいよ。 楽しそうに笑うきみが、また、見たい。 「急ごう」 「ええ」 エアリス。 きみの為に泣けないこと。 しばらく許してください。 きみが何故あの場所に立っていたのか。 何故、殺されなければならなかったのか。 もう少しで、分かりそうだから。 (・・・・それは、俺の中の闇を、引きずり出すことになるかもしれないけど。) 「・・・・・・・・・・・・」 (――そう、たとえ俺が狂ってしまっても) (きみが笑ってくれたことは、変わらないから) 決意を胸に、前へ歩き出す。 彼女の想いを知るために。 ―――きみが探した、 俺自身を見つけ出すために。 |