ミッドガルから北へハイウインドの舵を取ると、北進するにつれ景色は白一色に染まってゆく …彼女の生まれ故郷、アイシクル 今から約半年ほど前に、俺達に降り掛かった悲しい思い出が眠る地 おぞましい憎しみが、もう微笑んでくれない彼女が、そして何もできなかったと言う俺の無力感も全て白い雪で覆い隠している大地… 大分遅くなってしまったけれど、今、約束を果たしに来たよ 幸せだった日々に交わした、君との大切な約束を… 「君だけ残して刻は流れる」 星を救う冒険の最中、誕生日おめでとう!とメンバーがささやかな宴を開いてくれた 戦いの連続だった旅路の中、皆、心の何処かで課せられた重責を一時でも忘れて居たかったのかもしれない。 其れはあくまで現実逃避に過ぎなかったのかもしれないが、だが皆が心から自分の生誕を祝ってくれている事が柄にもなく嬉しかった 「クラウド、お誕生日おめでとうっ!」 そう、満面の笑みで差し出してきたエアリスの両手には、溢れる程の花弁が乗せられていた 「…如何したんだ、此れ?」 「今日、クラウドお誕生日でしょ?だからね…ちょっと町から出て、摘んできたの」 「摘んできたって、まさか一人でか!?危ないじゃないか…モンスターが出たら如何するつもりだったんだっ」 彼女の考え無し(だと思われる)の行動は何時もの事だったが、今回ばかりは流石に焦る。 何かあったら如何するつもりなのか…果たしてエアリスは其処まで考えて行動しているのだろうか 「其の時は、其の時よ。わたしだって戦えるのよ?モンスターなんて、スパパーンって倒しちゃうんだから!!」 「…」 思わず絶句する。心底呆れて溜息を吐くも、エアリスはそんな事物ともせずに両手の花弁達をクラウドに向けて押し出す 「此れね、クラウドへの、お誕生日プレゼント。受け取ってくれるよね?」 「…」 エアリスは期待に満ちた眼差しを自分へと真っ直ぐに向けてくる 半ば強制的に承諾を余儀なくされ、クラウドは言葉に詰まって口を閉じた (此れを俺に如何しろと言うのだろう?) はっきり言って、此の手の物は受け取ったとて如何処理して良いか解りかねる 然も、彼女が差し出しているのは「花」ではなく「花弁」だ。貰っても生ける事も出来ない 其れでも彼女が(傍目 から見ればとても)危険な思いをして摘んできてくれた花だ 「貰うよ、有難う」 苦手な微笑を浮かべて彼女の両手に右手を重ねる 花弁のしっとりと柔らかな感触が擽ったかった 「本 当!?有難うクラウド!!」 プレゼントを貰ったのは俺である筈なのに、君の方が喜んでいるみたいだ 取り敢えず、其の手から花弁を受け取ろうとした時、彼女が突然手を引いて動きを遮った 「?」 「…受け取ってね、クラウド!」 其の後の、彼女の動きはやけに遅速に見えた エアリスのしなやかな両腕が宙で弧を描くように振り上げられ、其れに伴い彼女の手に包まれていた花弁は空気の中を散り散りに舞った 青い青い大空に、ピンクや黄色の鮮やかな粒子が飛び立ち、優しい風に吹かれて二人の間に降り注ぐ。随分とカラフルな雪のようだ 其の、色とりどりの雪の中で、事の発端であるエアリスと眼が合う 大地に生い茂る緑とはまた違った碧の瞳 強い意志と決意と…宿命を帯びた輝きに見詰められた瞬間に、全ての動きが止まったように感じた 其れはほんの一瞬の事だったように思えるし、或いは恐ろしい程に長い間見詰めあった侭だったような気もする 先に動いたのはエアリスだった 「…っ」 花弁を掻き分けて自分へと近づいた彼女を拒否する事無く、逆に此方からも腕を伸ばし其の細い身体を包み込んで口付ける 深く唇を重ねあった後、互いの顔が見える位置まで抱き合う身体を離し、もう一度見詰め合う 花弁の雪は止んでしまっていた 降り止んだ其れは、二人の足元を鮮やかに彩る 「…綺麗、だったでしょ?」 エアリスが多少頬を高潮させて言うので、ああ本 当に綺麗だ、と返してやる 此れが目 的だったのかと、クラウドは今更ながら彼女の無邪気さに改めて微笑を漏らした 「クラウドのお誕生日はね…植物達も、お祝いしてくれてるみたいに、元気なの。だから…クラウドに、皆の元気、分けて欲しいなって思ったの」 わたしのお誕生日は、お花は咲いてないからね、とエアリスは付け足して笑った 「だけど、アンタの誕生日には…綺麗な雪が降ってるだろ」 丁度、先ほどの花弁のようにひらひら空から舞い降りる純白の雪が 「…うん、そうだね…」 「不満なのか?」 「う~ん」 何とも言えない曖昧な返答をし、エアリスは苦笑した お花の方が良いもん、と瞳が語っているような気がした 「雪も好き。…でも、何だか悲しくなるの」 ―――悲しくなる、と言った彼女は、きっともう自分の未来を何処か悟っていたのだろう 其の、エアリスの言葉の真意は当時の俺には解る筈も無かったし、逆に今となってはそう推測するしか手立てはない 「じゃあ、アンタの誕生日には…俺が花を探してきて、今みたいにアンタに振り掛けてやるよ」 「本 当っ?やったぁ、約束、ねっ!」 童女のように満面の笑顔で彼女は笑う 何よりも守りたい笑顔だった 「ああ…………約束するよ」 今日、八月十一日は俺の誕生日だった 旅の中で出会った仲間が温かく祝ってくれた、幸せな日だった 愛する人が祝福してくれた日… そして、一歳という彼女との歳の差がゼロになった日でもあった 「二月七日がくれば、また私の方が、一歳お姉さんだもん!」 エアリスは笑いながら抱き付いてきた 幸せだった そうだ……彼女が直ぐ傍で微笑んでいてくれたあの日々が、何より幸福で、そして最良の時だったのだ 此の戦いが終わった後も、共に過ごしていけると思っていた 君の事を絶対に守れるという自信があったし、君もずっと俺の傍に居てくれると思っていた こうやって、二人で追い駆け合いながら歳を重ねて行けたらと、夢を観ていた… けれど、彼女は二月七日を待たずに儚い人となった …守りたかった、守れると思っていた大切な人は、俺の目 の前で殺されてしまった… 一時は目 標をそして自分自身さえも見失い、絶望の淵を歩んだ俺達だが、君の…エアリスの最期の願いを叶えたくて、此の星を救おうと奔走した …果てしない其の夢が実現した時、君の務めが果たされた時、ひょっとしたら君があの綺麗な笑顔で俺の前にひょっこり顔を出すのではないかと思って 此の大地を深く覆い隠していた雪は陽光に解け出し、星を襲った永い冬は終わりを告げた 未だ幼い緑の若葉は、後もう少しで訪れる春へ向けて生命の光を強めている 何より君が愛した大地 何より君が守りたかった大地 君が…全てに替えて守り抜いた、此の喜び溢れる大地… けれど、此の大地に君は居ない 君は此の世界の何処にももう居ないんだ 君の犠牲の上に成り立つ平和 …エアリス… 君は全て終幕を迎えた後も、とうとう俺の元へ還ってきてはくれなかったね… 「…久しぶりだな、エアリス」 忘らるる都を訪れるの等、あの日以来初めてだ ―――君を失った事から全ての絶望は始まったんだ 都の中は、昔来た時と何ら変わらずに静かで、そして何処か悲愴を漂わせている 民が去り、廃れてしまった土地特有の寂しさが此の地を覆っていた 此処に、君を葬った 君への切なる思慕も、愛情も、そして手を差し伸べる事すら出来なかった無力感も全て、彼女の冷たい亡骸と共に水の底へ沈めたのだ 「外は…アンタの故郷は、何時もの事だけど、綺麗な雪景色だったよ。 アンタは雪より花が好きなんだろうけれど…でも、きっと綺麗だって、喜んだと思うよ」 君の眠る泉に向かって話し掛ける。そうすれば、君が聴いてくれるのではないかと思って …エアリスは今も、此の冷たい水の底に居るのだろうか? 君の時は止まった侭だ 俺達は、君を只一人の残して未来を歩む ―――其れとも、此の泉の底へ行く事が出来れば…時を留めた侭の君の元まで辿り着けるのだろうか…? 「…馬鹿だな、俺は…」 其れこそ君に笑われてしまう 君は、何より俺が生きる事を願うだろうから 「エアリス今日は…約束を果たしにきたんだよ」 躊躇いなく、静かな水音を立てながら泉の中央へ赴き、掌一杯に隠し持っていた花弁を振り掛けるように落としていった 花弁は重力に従い、水面で多少の抵抗を見せたものの、吸い込まれるように水中へと沈んで行く 「大分遅くなっちゃったけれど…君が守っていた花畑で咲いた花だよ。今は俺が世話をしているんだ。…小さな協力者達と一緒に」 彼女の誕生日からは大分時が過ぎてしまった 星を救う為の戦いの最中、当時の自分に余裕等全くもってなかった そして戦いが終わった後もミッドガルの復興で忙しかったのも有るし、何より其れに託けて此処に来るのを避けていた …此処は、余りにも悲し過ぎるから… 「遅くなって、ごめん」 鮮やかな花弁は水の中で色味を失い、白く、まるで本 当の雪になったかのように微細な粒子となり、そしてやがて見えなくなった 何時見ても不思議だ 泉は中央でもクラウドの腰辺りまでしか水は届かないのに、エアリスを葬った時も、今捧げた花弁も、ずっとすっと奥深くの目 に見えない水底まで沈んでいくのだ 相応しいものしか、泉の底の君が眠る場所まで辿り着けない 「…受け取ってくれたのか、エアリス…?」 石になったように暫く黙った侭、クラウドは時間すら忘れて泉に立ち尽くしていた きっと今年も来年も、其の次の年もずっと、此の大地に花は咲き乱れるだろう 季節は巡る、時は流れる 俺達も、時の流れの中で確実に変わっていくんだ ―――もう時の流れから去ってしまった君を残して 知ってるか、エアリス=ゲインズブール 今日で俺は、アンタより一歳年上になったんだよ |